TSUKURIBITO
時代と環境の変化の中で「家業をどう繋いでいくか」 
―元信金職員・3代目の挑戦!―

TSUKURIBITO <その土地で作る人々のSTORY>

時代と環境の変化の中で
「家業をどう繋いでいくか」
元信金職員3代目の挑戦!

—Litten By Link Terrace

高校卒業後、地元を離れての進学、そして就職。信用金庫の職員として働いていた6年。道内を転勤しながらも、キャリアを積み、忙しく充実した生活を送っていた高桑さん。 けれど、いつか自分が家業を継ぐのだろうと漠然と、当たり前に頭の片隅では考えていました。

そんな中、転勤先の地域で感じた‶地域のつながり”や、‶地場産業のPR“に感銘を受け、それをきっかけに 思いは鮮明なものとなります。いよいよ地元に戻って家業を継ぐことを決意! 異業種からの転身!若き3代目の挑戦が始まります。

株式会社山樹氷(北海道北見市)高桑弘基さんのストーリーをご紹介!

出会い

私(筆者)の故郷、北見市では、昔から銘菓として知られている山樹氷。知らない人はいないほど有名な商品!そこの次期3代目となる専務取締役(取材当時)の高桑弘基さん。私がたまたま、オホーツク地域のFacebookグループで呟いたことにコメントを寄せてくださったことがこの度、出会うきっかけとなりました。

―あの山樹氷さんからコメントが!

 
その時私の心は、小躍り状態。(地元企業からコメントもらえるなんて嬉しい!) 無事取材のご了承をいただいたところで、当時はコロナの第何波かが来ており、緊急事態宣言の発令。 その後も様子を見つつ何度かの延期を乗り越えようやくお会いできたのは、初めてご連絡をしてから約半年が経過した、5月に入った頃でした。

いざ、山樹氷へ!

約束の時間より少し早めについたところで、本社兼工場の外周を一周。
薄いペパーミントグリーンのアルミ壁で覆われた工場にはその歴史を感じる「山樹氷」の看板。
 
地元民にとってはとても見慣れた変わらぬ看板デザインです。

ぐるり回って入口の引き戸を開けると、ちょうどお仕事を終えた従業員の方がご帰宅されるところ。 いれ違いで中に入り、約束していた旨をお伝えすると奥から高桑さんが出迎えてくださいました。

入口横にある事務所に通していただくと、2名の従業員の方が事務作業中。 全従業員数が15名で、内製造は5名ほど業務を回されています。

毎日の工程が時間単位で決まっており、高桑さんもその工程全てにかかわる為、業務は多忙です。抜けられる時間が限られている中、今回取材のご協力をいただきました。

山樹氷の歴史と今

山樹氷は昭和25年創業、当時世界のシェア70%を誇っていた薄荷を使った甘納豆を製造販売し、北見の銘菓として知られている菓子製造メーカーです。 もともとは、甘納豆屋として営んでいたところ、たまたま店頭に買い物に来たお客様が「北見名産の薄荷をつかってみたら?」という一言により、2代目(高桑様のおじい様)が今のハッカ樹氷を開発。
その頃、温泉の町として賑わっていた北見近郊の町、留辺蘂(るべしべ)の旅館では、甘納豆に薄荷という組み合わせの珍しさからも観光客に大人気。
そう教えていただいたのは、事務所で作業をしていた従業員の一人、実は高桑さんのお母様。横に並んで仕事をしていたもう一人の方が、実は高桑さんの弟さんでした。 お2人ともとても気さくで笑顔が素敵! (ご家族とても仲が良い雰囲気が伝わってきます!) ※写真を強く希望しましたが2人とも恥ずかしいとのことでNGでした~

―ところで、おじい様が2代目で高桑様が3代目なんですね?

現在、山樹氷ではおじい様もお父様も含めご家族全員が勤めていますが、お父様は「若い人間がやったほうがいい」という思いから、後継はそのまま譲るんだとか。 年齢に関係なく、次世代が早くからチャレンジできる環境とチャンスを下さるのは本当に素敵ですね! 若い人材がどんどん活躍できる社会になること。もちろん、受け継がれてきた技術や味、伝統が基盤となりながらも、地場産業の事業継続とさらに進化する為にはとても重要なことの一つです。 そんな未来の山樹氷のたすきは、既に若き3代目に託されているようですね!

「家業を継ぐ」に至った想い

高桑さんは地元の高校を卒業後、道内の大学へ進学。
そして信用金庫に就職し、家業をすぐに継いだわけではありません。

地方ではよくある話だと思いますが、進学しようと思うとやはり高校卒業後、実家を一度は離れ、そのまま 就職ルートにのるというのが殆ど。

就職先でキャリアも積めばなかなか地元に戻ってくるというチャンスや考えも、少なくなるのではないでしょうか。

高桑さん自身もそれと同様、信用金庫時代、道内を広く転勤し忙しく働かれていたとか。そんな時、赴任先として訪れた十勝地方で、きっかけは訪れました。

「帯広はとても地域ブランドの作り方、PRが上手で感銘しました。そして、その地域のつながりも魅力的でした」

地元産業をブランド化する為に、自治体・企業・生産者の連携を強く感じたそうです。

果たして、地元のオホーツク地方はどうだろうか?

「自分もオホーツク北見にある実家の会社をもっと盛り上げていきたい!」

仕事柄、多くの地元企業の方と関わってきたからこそ、地方産業の課題もその魅力も知っている高桑さん。
漠然と持っていた実家を継ぐという意思が明確になった時でした。

地元地域の課題

改めて地元オホーツク地方を見ると、ひとつひとつは魅力あるものなのに、それがうまく連携しておらず強いブランドになり切れていないのが地域の課題のひとつなんだそう。

「生産者・企業がそれぞれが努力することも必要ですが、地域や産業・自治体も含め連携、協力してひとつの大きなムーブメントにすることが重要」とおっしゃいます。

例えば、商品を生産者自身が販売するのは、マンパワーも時間も知識も不足しています。

確かに、生産者だけ頑張れ!では地域内でも生産者間で格差が生じ、地域産業全体としての発展とはなりません。

だからこそ、地域全体で地元の名産を PRし、どうやったらお客様が買ってくださるのか、街づくり、売り場づくりや、機会創出の工夫が必要です。

自治体が地域の生産者ともっと連携できるような仕組み、機会を作っていけたらいい。

そう考える高桑さんは、家業を継ぐということと、地域ブランドを盛り上げていきたいという大きな目標をもち、自らも精力的に活動中。

そしてこれからの挑戦

北見市にとどまらずの範囲を広げてオホーツク地域としての魅力発信を、自らがアイコンになりながらも、地元ラジオ、 SNSを活用した情報発信など新たに取り組まれています。

これも「外」をみてきたからこそできた選択肢。

ただ、昔からあるものも大切に。 北見といえば「ハッカ樹氷」。 そう思われるようになった商標デザインは変更するまでもなく、これからも大切に使い続けていくつもりだという。

今やWithコロナの社会になり、国内だけでなく海外からの観光客も大きく減少。 お土産としての購買需要が落ち、影響は大きかったようです

それでも、これからも届けたい「美味しさ」「技術」「想い」は変えず、 「その時代に合わせて届ける相手と、伝え方をどう変えていくか。」

これからはそこを考えながら、商品開発をし販路を作っていくことが挑戦!

そう笑顔で思いを語って下さいました。 一度実家を離れて外から見えた故郷の魅力。 それを再認識して継いだ家業。

別の職業で培った経験と知識を活かして、また新たな山樹氷が作られていくのが楽しみですね!

株式会社 山樹氷 代表取締役

高桑 弘基さん

1987年生まれ、北海道北見市出身。地元、北見北斗高校を卒業後、道内の大学に進学。その後、信用金庫に6年間勤務し、道内各地に赴任。2016年に実家である北見に戻り、山樹氷に入社。 現、株式会社山樹氷の代表取締役社長。 実家の会社を自分の手でもっとPRしたい! オホーツクのブランドを盛り上げたいという強い思いから SNSで活動グループを立ち上げたり、地域のイベントにも積極的に参加し、地元産業発展の為の活動も精力的に行っている。

株式会社 山樹氷
北海道北見市泉町3丁目10-30
http://sanjyuhyou.co.jp/

ハッカ樹氷
「ハッカ樹氷」は厳選された大正金時豆にハッカの爽やかな糖衣をまとわせた北見銘菓です。北海道の道東に位置する北見市は、かつて全世界のハッカの七割を生産していた街であり、現在もハッカを使った製品が多い地域です。食べた瞬間に甘納豆の柔らかな甘みと、ハッカの爽快感がお口の中に広がります。お茶・コーヒー等との相性も抜群です。

どってんこいた
ピーナッツの一粒一粒に、北海道のビート糖とハッカをまぶした「ハッカ味」。 赤ワインをたっぷり使った「ワイン味」。ワイン味って珍しいですよね!食べた感じは優しくワイン風味を感じる程度な ので、お子様でも食べられます!カリっとした歯ごたえが癖になって止まりません!

TSUKURIBITO
<その土地で作る人々のSTORY>

時代と環境の変化の中で
「家業をどう繋いでいくか」 元信金職員3代目の挑戦!

—Litten By Link Terrace

高校卒業後、地元を離れての進学、そして就職。信用金庫の職員として働いていた6年。道内を転勤しながらも、キャリアを積み、忙しく充実した生活を送っていた高桑さん。 けれど、いつか自分が家業を継ぐのだろうと漠然と、当たり前に頭の片隅では考えていました。

そんな中、転勤先の地域で感じた‶地域のつながり”や、‶地場産業のPR“に感銘を受け、それをきっかけに 思いは鮮明なものとなります。いよいよ地元に戻って家業を継ぐことを決意! 異業種からの転身!若き3代目の挑戦が始まります。

株式会社山樹氷(北海道北見市)高桑弘基さんのストーリーをご紹介!

出会い

私(筆者)の故郷、北見市では、昔から銘菓として知られている山樹氷。知らない人はいないほど有名な商品!そこの次期3代目となる専務取締役(取材当時)の高桑弘基さん。私がたまたま、オホーツク地域のFacebookグループで呟いたことにコメントを寄せてくださったことがこの度、出会うきっかけとなりました。

―あの山樹氷さんからコメントが!

 
その時私の心は、小躍り状態。(地元企業からコメントもらえるなんて嬉しい!) 無事取材のご了承をいただいたところで、当時はコロナの第何波かが来ており、緊急事態宣言の発令。 その後も様子を見つつ何度かの延期を乗り越えようやくお会いできたのは、初めてご連絡をしてから約半年が経過した、5月に入った頃でした。

いざ、山樹氷へ!

約束の時間より少し早めについたところで、本社兼工場の外周を一周。
薄いペパーミントグリーンのアルミ壁で覆われた工場にはその歴史を感じる「山樹氷」の看板。
 
地元民にとってはとても見慣れた変わらぬ看板デザインです。

ぐるり回って入口の引き戸を開けると、ちょうどお仕事を終えた従業員の方がご帰宅されるところ。 いれ違いで中に入り、約束していた旨をお伝えすると奥から高桑さんが出迎えてくださいました。

入口横にある事務所に通していただくと、2名の従業員の方が事務作業中。 全従業員数が15名で、内製造は5名ほど業務を回されています。

毎日の工程が時間単位で決まっており、高桑さんもその工程全てにかかわる為、業務は多忙です。抜けられる時間が限られている中、今回取材のご協力をいただきました。

山樹氷の歴史と今

山樹氷は昭和25年創業、当時世界のシェア70%を誇っていた薄荷を使った甘納豆を製造販売し、北見の銘菓として知られている菓子製造メーカーです。 もともとは、甘納豆屋として営んでいたところ、たまたま店頭に買い物に来たお客様が「北見名産の薄荷をつかってみたら?」という一言により、2代目(高桑様のおじい様)が今のハッカ樹氷を開発。
その頃、温泉の町として賑わっていた北見近郊の町、留辺蘂(るべしべ)の旅館では、甘納豆に薄荷という組み合わせの珍しさからも観光客に大人気。
そう教えていただいたのは、事務所で作業をしていた従業員の一人、実は高桑さんのお母様。横に並んで仕事をしていたもう一人の方が、実は高桑さんの弟さんでした。 お2人ともとても気さくで笑顔が素敵! (ご家族とても仲が良い雰囲気が伝わってきます!) ※写真を強く希望しましたが2人とも恥ずかしいとのことでNGでした~

―ところで、おじい様が2代目で高桑様が3代目なんですね?

現在、山樹氷ではおじい様もお父様も含めご家族全員が勤めていますが、お父様は「若い人間がやったほうがいい」という思いから、後継はそのまま譲るんだとか。 年齢に関係なく、次世代が早くからチャレンジできる環境とチャンスを下さるのは本当に素敵ですね! 若い人材がどんどん活躍できる社会になること。もちろん、受け継がれてきた技術や味、伝統が基盤となりながらも、地場産業の事業継続とさらに進化する為にはとても重要なことの一つです。 そんな未来の山樹氷のたすきは、既に若き3代目に託されているようですね!

「家業を継ぐ」に至った想い

高桑さんは地元の高校を卒業後、道内の大学へ進学。
そして信用金庫に就職し、家業をすぐに継いだわけではありません。

地方ではよくある話だと思いますが、進学しようと思うとやはり高校卒業後、実家を一度は離れ、そのまま 就職ルートにのるというのが殆ど。

就職先でキャリアも積めばなかなか地元に戻ってくるというチャンスや考えも、少なくなるのではないでしょうか。

高桑さん自身もそれと同様、信用金庫時代、道内を広く転勤し忙しく働かれていたとか。そんな時、赴任先として訪れた十勝地方で、きっかけは訪れました。

「帯広はとても地域ブランドの作り方、PRが上手で感銘しました。そして、その地域のつながりも魅力的でした」

地元産業をブランド化する為に、自治体・企業・生産者の連携を強く感じたそうです。

果たして、地元のオホーツク地方はどうだろうか?

「自分もオホーツク北見にある実家の会社をもっと盛り上げていきたい!」

仕事柄、多くの地元企業の方と関わってきたからこそ、地方産業の課題もその魅力も知っている高桑さん。
漠然と持っていた実家を継ぐという意思が明確になった時でした。

地元地域の課題

改めて地元オホーツク地方を見ると、ひとつひとつは魅力あるものなのに、それがうまく連携しておらず強いブランドになり切れていないのが地域の課題のひとつなんだそう。

「生産者・企業がそれぞれが努力することも必要ですが、地域や産業・自治体も含め連携、協力してひとつの大きなムーブメントにすることが重要」とおっしゃいます。

例えば、商品を生産者自身が販売するのは、マンパワーも時間も知識も不足しています。

確かに、生産者だけ頑張れ!では地域内でも生産者間で格差が生じ、地域産業全体としての発展とはなりません。

だからこそ、地域全体で地元の名産を PRし、どうやったらお客様が買ってくださるのか、街づくり、売り場づくりや、機会創出の工夫が必要です。

自治体が地域の生産者ともっと連携できるような仕組み、機会を作っていけたらいい。

そう考える高桑さんは、家業を継ぐということと、地域ブランドを盛り上げていきたいという大きな目標をもち、自らも精力的に活動中。

そしてこれからの挑戦

北見市にとどまらずの範囲を広げてオホーツク地域としての魅力発信を、自らがアイコンになりながらも、地元ラジオ、 SNSを活用した情報発信など新たに取り組まれています。

これも「外」をみてきたからこそできた選択肢。

ただ、昔からあるものも大切に。 北見といえば「ハッカ樹氷」。 そう思われるようになった商標デザインは変更するまでもなく、これからも大切に使い続けていくつもりだという。

今やWithコロナの社会になり、国内だけでなく海外からの観光客も大きく減少。 お土産としての購買需要が落ち、影響は大きかったようです

それでも、これからも届けたい「美味しさ」「技術」「想い」は変えず、 「その時代に合わせて届ける相手と、伝え方をどう変えていくか。」

これからはそこを考えながら、商品開発をし販路を作っていくことが挑戦!

そう笑顔で思いを語って下さいました。 一度実家を離れて外から見えた故郷の魅力。 それを再認識して継いだ家業。

別の職業で培った経験と知識を活かして、また新たな山樹氷が作られていくのが楽しみですね!

株式会社 山樹氷 代表取締役

高桑 弘基さん

1987年生まれ、北海道北見市出身。地元、北見北斗高校を卒業後、道内の大学に進学。その後、信用金庫に6年間勤務し、道内各地に赴任。2016年に実家である北見に戻り、山樹氷に入社。 現、株式会社山樹氷の代表取締役社長。 実家の会社を自分の手でもっとPRしたい! オホーツクのブランドを盛り上げたいという強い思いから SNSで活動グループを立ち上げたり、地域のイベントにも積極的に参加し、地元産業発展の為の活動も精力的に行っている。

株式会社 山樹氷
北海道北見市泉町3丁目10-30
http://sanjyuhyou.co.jp/

ハッカ樹氷
「ハッカ樹氷」は厳選された大正金時豆にハッカの爽やかな糖衣をまとわせた北見銘菓です。北海道の道東に位置する北見市は、かつて全世界のハッカの七割を生産していた街であり、現在もハッカを使った製品が多い地域です。食べた瞬間に甘納豆の柔らかな甘みと、ハッカの爽快感がお口の中に広がります。お茶・コーヒー等との相性も抜群です。

どってんこいた
ピーナッツの一粒一粒に、北海道のビート糖とハッカをまぶした「ハッカ味」。 赤ワインをたっぷり使った「ワイン味」。ワイン味って珍しいですよね!食べた感じは優しくワイン風味を感じる程度な ので、お子様でも食べられます!カリっとした歯ごたえが癖になって止まりません!